ケルムスコット・プレス
"Kelmscott Press"
ケルムスコット・プレス創設
1888年11月、モリスはアーツ・アンド・クラフツ展覧会協会(Arts and Crafts Exhibition Society)の第1回展において、印刷の専門家であったエマリー・ ウォーカー(Emery Walker, 1851-1933)による「活版印刷と挿絵」についての講演を聴講します。この講演を契機に、芸術としての印刷に対して本格的な関心を抱き、理想的な書物作りを実現するためプライベート・プレス(私家版印刷工房)の設立を決意。当時ハマスミスの「ケルムスコット・ハウス(Kelmscott House)」で暮らしていたモリスは、近所に住むウォーカーと書物への関心を共有し、互いに親交を深めました。1889年12月には、ウォーカーにプライベート・プレスの共同経営者になってもらえるようモリスが依頼し、丁重に断られてしまったものの、ウォーカーは印刷に関する豊富な知識によってモリスの書物制作に絶えず協力し続けました。モリスは自宅近くのアッパーマル16番地に建物を借り、1891年にケルムスコット・プレスが創設されます。
活字のデザイン
ケルムスコット・プレス創設に至ったモリスの願いは、書物が美しい活字で美しい用紙に印刷され、美しい装丁で製本され得るのを実証することでした。そのために、自身が収集していた中世の彩飾写本やインキュナブラ(15世紀中頃から16世紀の始めまでの印刷術の揺籃期に刊行された活字本)を熱心に研究し、1890年から活字のデザインに取り組みます。ケルムスコット・プレスの活字には、無用な突起のない簡素な文字が相応しいと考え、15世紀ヴェネツィアの印刷家ニコラ・ジャンソン(Nicolas Jenson, c.1420 -1480)のローマン字体を参考に「ゴールデン活字(Golden Type)」を考案し、その後「トロイ活字(Troy Type)」と「チョーサー活字(Chaucer Type)」をデザインしました。
「理想の書物」を目指して
ケルムスコット・プレス最後の刊本である『ケルムスコット・プレス設立趣意書』では、モリスにとっての「理想の書物」について述べられており、モリスが用紙と活字体、単語や行の間隔、版面の位置を次のように考慮していたことが綴られています。
用紙
耐久性と見た目の良さを兼ね備えた手漉紙。リネン(亜麻)製で、礬水(どうさ)(インクのにじみ止め)をひいた丈夫な紙を求めた。
※刊本の各巻数部の用紙にはヴェラム(羊皮紙)が用いられた。
活字
無用な突起のない簡素な文字であること。純粋な形態の文字の手本として、ニコラ・ジャンソンのローマン字体を研究。
さらには、突起や無理な圧縮を避けたゴシック字体を研究し、ローマン字体に劣らず読みやすい字体を実現した。
間隔と版面の位置
字間、語間、行間が空きすぎないようにすること。
組み上がった版面の余白については、①内側(ノド)→②天→③外側(小口)→④地 の順に広くとるべきだと述べられている。
余白の法則については、中世の写本や印刷本とも一致する規則であり、美しい書物を制作する上で重要な点であった。
晩年のモリスとケルムスコット・プレス
1891年にケルムスコット・プレスが創設されて以来、モリスの制作活動はますます勢いを増していきます。1896年にモリスがその生涯の幕を閉じた後、ケルムスコット・プレスからは1898年に至るまで、モリスが生前に制作に携わった刊本が発行されました。総計53書目、66冊に及ぶ全刊本からは、晩年においても尽きることのなかった、モリスの制作に対する情熱がうかがえます。ケルムスコット・プレスの設立を端緒として、イギリスを中心にブック・デザインに対して自覚的な印刷工房の設立が相次ぎ、モリスは「プライベート・プレス運動の創始者」としても高く評価されるようになりました。
画像クレジット
- Banner および (※) : photo ©Mineko Orisaku, ©Brain Trust Inc.
- 上記以外 : photo ©Brain Trust Inc.
参考文献
- 籔亨『大阪芸術大学図書館所蔵 ケルムスコット・プレス刊本コレクション』ブレーントラスト、2020年。
- ブレーントラスト/求龍堂編、藤田治彦監修『ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡』求龍堂、2017年。
- A note by William Morris on his aims in founding the Kelmscott Press : together with a short description of the press by S.C. Cockerell, and an annotated list of the books printed thereat, Kelmscott Press, 1898.
- William Morris, The Ideal Book: Essays and Lectures on the Arts of the Book, edited and introduced by William S. Peterson, University of California Press, 1982. (ウィリアム・モリス著、ウィリアム・ピータースン編『理想の書物』川端康雄訳、晶文社、1992年。)
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