ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ運動
William Morris and the Arts & Crafts Movement
ウィリアム・モリスらの活動に先導され、19世紀後半から20世紀初頭にかけ、イギリスを中心に繰り広げられたアーツ・アンド・クラフツ運動は美術、工芸、建築の歴史のみならず、産業史、生活文化史、あるいは近代史全体から、さらには現代的観点からも興味の尽きない運動で、その精神は世界各地で今なお継承されています。
モリス・マーシャル・フォークナー商会からモリス商会へ
1861年におけるモリス・マーシャル・フォークナー商会(Morris, Marshall, Faulkner and Company)の設立はアーツ・アンド・クラフツ運動の端緒として、歴史的に重要な出来事と位置付けられ、モリスは運動の形成に最大の参与をした人物とされます。
モリス・マーシャル・フォークナー商会の7人の設立メンバーはモリス、エドワード・バーン=ジョーンズ(Edward Burne-Jones, 1833-1898)、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti, 1828-1882)、フィリップ・ウェッブ(Philip Webb, 1831-1915)、画家のフォード・マドックス・ブラウン(Ford Madox Brown, 1821-1893)、ピーター・ポール・マーシャル(Peter Paul Marshall,1830-1900)、チャールズ・ジョセフ・フォークナー(Charles Joseph Faulkner, 1833–92)(経理担当)で発足当初からステンドグラス、家具、装飾画、タイルなどを主要製品とし、品質管理は主としてモリスが行いました。
産業革命による工芸品の品質低下を危惧し、職人による手仕事の復興を目指した商会の活動は、設立後の10年間は主に教会のためのステンドグラス製作に比重が置かれました。そして1875年、商会をモリスが単独で経営する「モリス商会」として再出発させたことを機に、テキスタイル部門が強化され、家庭向けの室内装飾品としての需要の高まりとともに、商会の活動は拡大していきました。
アーツ・アンド・クラフツ運動の始まりと仲間たち
モリスの周辺には専門と世代の異なるさまざまな仲間たちがいました。同年代の画家のバーン=ジョーンズ、建築家のウェッブ、陶芸のウィリアム・ド・モーガン(William De Morgan,1839-1917)たちです。独特なランプ製作で知られ、後にモリス商会を継承した W・A・S・ベンソン(Willam Arthur Smith Benson, 1854-1924)、モリスの社会主義と芸術の連携運動を継いだウォルター・クレイン(Walter Crane, 1845-1915)、彼らを中心として、モリスの思想と実践に影響を受けた次世代のイギリス人によるアーツ・アンド・クラフツ運動が始まります。産業革命による商業主義を批判し、中世の諸芸術と社会制度の復活を提唱したジョン・ラスキン(John Ruskin, 1819-1900)の著書『ヴェネツィアの石』に傾倒したモリス。彼らは職人たちが誇りと喜びをもって、ものづくりに励んだ中世を理想に掲げ、中世のギルド(同業組合)を念頭においた近代ギルドを思想的に支持しました。
アート・ワーカーズ・ギルドとアーツ・アンド・クラフツ展覧会協会
1882年にA・H・マクマードゥ(Arthur Heygate Mackmurdo, 1851-1942)によりセンチュリー・ギルド(Century Guild, 1882-1888)がつくられ、その後1884年にW・R・レサビー(William Richard Lethaby, 1857-1931)、ルーイス・F・デイ(Lewis Foreman Day, 1845-1957)らのアート・ワーカーズ・ギルド(The Art-Workers’ Guild)の結成に伴い、その下部組織としてアーツ・アンド・クラフツ展覧会協会(The Arts and Crafts Exhibition Society)が発足。デザイナー、工芸家、建築家たちが集まった「合同芸術」展として、1888年秋に第1回アーツ・アンド・クラフツ展がリージェント・ストリートのニュー・ギャラリーで開催されました。アーツ・アンド・クラフツ運動の名はこの展覧会協会に由来します。
展覧会は1888年、89年、90年と毎年開催され、その後は3年ごとの開催となりました。モリスはこの展覧会の企画に当初は懐疑的でしたが、1893年から死去する96年まで展覧会協会の会長を務めました。
後世への影響
モリスに先導されたアーツ・アンド・クラフツ運動の思想は20世紀のモダン・デザイン、近代建築で、ドイツをはじめヨーロッパ、欧米諸国、日本にも影響を及ぼし「アート」から「デザイン」へ、「クラフト」から「インダストリー」へという、19世紀から20世紀への変化、新時代の方向性を示し、現在でも息づいているといえます。
画像クレジット
- David's Charge to Solomon by Burne-Jones and William Morris, Stained Glass in Trinity Church, Boston ... Photo in the public domain.
- Tristram and Isolde at King Arthur's Court, Stained Glass by William Morris ... Photo in the public domain.
- Portrait of William De Morgan holding lustre vase by Evelyn De Morgan, 1909 ... photo in the public domain.
- The Art Workers' Guild (2016) ... photo © Mineko Orisaku © Brain Trust Inc.
参考文献
- ブレーントラスト編、鈴木博之監修『ウィリアム・モリス展』図録、1989年。
- ブレーントラスト/能登印刷出版部編、藤田治彦監修『ウィリアム・モリスとアーツ&クラフツ』梧桐書院、2004年。
- ブレーントラスト/シナジー株式会社編『ウィリアム・モリス:ステンドグラス・テキスタイル・壁紙・デザイン』梧桐書院、2005年。
- ブレーントラスト/求龍堂編、藤田治彦監修『ウィリアム・モリス 原風景でたどるデザインの軌跡』求龍堂、2017年。
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